栞の言の葉日記

日々の出来事、感想、思考を記録として文章に…。

コンプレックス

自分のことを心から愛し、大切に思い大切にし、自分のことは自分が1番好きだ。
と、言いきれる人はこの世の中にどのくらいいるのだろうか。
なんとなく、少ないんじゃないかと私は思っている。
自分自身がそうではないから。

いつからか、私は私の存在自体がコンプレックスだと思うようになった。
もともと極限までに被害妄想強めのスーパーネガティブマンなのだが、学校という狭い世界で他人と自分を比べるということを身につけてしまった。
それから存在コンプレックス人生が始まった。

根暗で口下手、人見知りで愛想も愛嬌もない。
集団行動が苦手で協調性もない。
長いものには巻かれないタイプで上の立場の人間には煙たがれる。
天邪鬼で捻くれ者、頑固のくせにメンタル激弱だ。
なにもかもが不器用そのもので、根っからの運動音痴で、細かい作業も苦手ときた。
勉強をしてもできないタイプで中学の頃に諦めてしまった。
音楽の才能もなく歌も下手で、楽器も弾けない。
顔も可愛くないし、スタイルも良くない。
とにかく足が短いし、顔がでかくて全身のバランスがダサすぎる。
足の指の形がキノコみたいで気持ち悪いし、手は小さく指もたらこみたいだ。
滑舌も悪く舌っ足らずで、自分の声もとても嫌いだ。

挙げだしたらキリが無い。

何かある度にどうせ私は、私なんかはと思うようになった。
私よりも辛い人はたくさんいる。
そんなことはわかっているが、私ばかりと思ってしまう。
そんな性格もとても嫌いだ。

それでも生きていられるのは、家族や友人に恵まれているからだろう。
こんな私でも大好きでいてくれる人がいて、私に支えられていると言ってくれる人がいる、支えてくれる人たちがいる。
唯一、私は私でよかったと思える要因だ。

きっと多くの人がコンプレックスを持っていて、それを改善しようと強く生きている人もいれば、私みたいに言い訳にして生きている人間もいる。
コンプレックスの数や大きさが自分を好きでいれる要因よりも多かったり大きかったりしても、小さくても少なくても好きでいれる部分を大切にしたいし大切にして欲しい。
自分が自分を愛せなくても愛してくれている人がいることを忘れたくないし忘れないで欲しい。
今はいなくてもきっといつか誰かが愛してくれると信じたいし信じて欲しいしそうであって欲しい。

なんか誰かに読んで欲しいみたいな偉そうな文章になって恥ずかしいが、いつか忘れてしまった自分に見て欲しいし、もう悲しいことが起きないで欲しい。
またまた読んだ人の手助けに少しでもなれれば…。